今年の7月13日、小樽市銭函で海水浴帰りの女性4名が、飲酒運転の車に撥ねられ、3名が死亡、1名が重傷を負うという痛ましい事件が発生しました。飲酒運転による重大な人身事故が絶えず、飲酒運転の撲滅が国民の悲願になっている矢先の事件であり、テレビや新聞で大きく報道されました。
加害者は、8月4日に起訴されました。しかし、致死傷の結果に対する、札幌地検の判断は、事件は飲酒の影響によるものではなく、脇見による前方不注視が原因とし、過失運転致死傷罪としました。加害者は、酒気帯び運転と救護義務違反(ひき逃げ)でも起訴されています。
しかし、札幌地検の判断に対しては、遺族ら被害者から強い批判の声が上がりました。脇見の時間が7秒から8秒という異常さに加え、加害者は事故前に長時間にわたり飲酒し続けており、事故当時は呼気1リットルにつき、0.5から0.6mgのアルコールを身体に保有していた状態であったことが判明したのです。このアルコール保有量は、酒気帯び運転にあたる0.15mgの3倍以上の量です。
遺族らは、過失運転致死傷罪より重い刑罰が科せられる危険運転致死傷罪への訴因変更を求めて、何度も三越前などの街頭に立ち署名活動を行いました。これに支援団体も協力し、署名活動は全国的に展開され、実に7万人を超える署名が地検に提出されております。
札幌地検は、10月24日、札幌地裁に対して、訴因(罪名)を危険運転致死傷罪に変更する請求をしました。訴因の変更とは、起訴状に記載した事実の範囲内において、適用する罪名を変更することです。裁判所の許可を得ることが必要ですが、今回は事実に変更はなく、証拠に関する評価を変更したと考えられますから近く許可されると考えています。
私は、遺族の方から相談を受け、被害者参加弁護士として、遺族らの要望について、地検との協議などのお手伝いをさせていただきました。連日にわたり報道され、全国的に事件への強い感心があることを肌で感じた次第です。
危険運転致死傷罪(「自動車運転処罰法」2条)は、裁判員裁判となります。裁判の開始は、おそらく来年になるかと思います。
飲酒運転による悲惨な事故が起こる度に、裁判での判決が軽すぎると批判されてきました。こうした中、平成11年の11月28日、東名高速道路上で飲酒運転の大型貨物自動車が、渋滞の中で減速中の乗用車2台に激突し、2児が死亡、5名が負傷する事件が発生しました。加害者は業務上過失致死罪と酒酔い運転で起訴されましたが、平成13年、東京高裁は懲役4年の刑を言い渡し確定しました。加害者は、事故時には呼気1リットルにつき、0.63mgのアルコールを保有した泥酔状態でした。当時は業務上過失致死罪の上限は5年で、併合罪加重もありますが求刑は5年でした。高裁は「懲役4年は、ことさら重いと言えない。」として検察官の控訴を棄却し判決は確定しました。
極めて軽い判決ですが、この判決を契機にそもそも法定刑が軽いと議論され、この年、自動車による事故の危険性を重視し、従前の業務上過失致死傷罪の条文中に、新たに別項を設けて、自動車による過失致死傷を重く処罰することにしました(刑法211条2項)。これにより上限が7年に引き上げられました。
また、新たに危険運転致死傷罪(刑法208条の2)が新設されました。これは結果の重大性を考慮し、「アルコールや薬物」の影響で正常な運転が困難な状態で事故を起こした場合を想定したものです。上限は15年とされました。
しかし、これで法は整備されたと誰しも考えていたところ、危険運転致死傷罪での起訴があまりありません。危険運転致死傷罪が成立するには、「酒に酔って正常な運転が困難な状態で走行し、この状態のために事故が発生した」ことが証明されなければなりません。この立証が難しいため、検察官は起訴をためらってしまうのです。そこで、酒に酔っていて事故が発生した場合でも、いきおい事故の直接の原因は、車内での「オーディオ操作」や「よそ見」、また「見落とし」などと認定され、結果として過失致死傷罪として処理されることが多いのです。
しかし、その後、懲役7年でも軽いと感じるような凶悪な事件が続きました。また、アルコールや覚せい剤などの薬物の影響と考えられる事故のほかに、ご承知のとおり、「てんかん」などの病気の影響で正常な運転ができずに事故が発生した例も続発したのです。さらに、飲酒運転で事故を起こしてそのまま逃げ、酔いを覚ましてから警察に出頭する悪質な者も出てくる始末です。
そんな中、再び重大な事件が発生します。
平成18年8月25日、福岡市の海の中道大橋上で、飲酒運転の乗用車が前の車に激突し、車は橋の欄干から海に落ち、幼児3名が死亡し、両親が負傷する事件が発生しました。大きく報道されましたのでご存知の方もいらっしゃるでしょう。運転手は運転前に焼酎ロックを8・9杯のほか、ビールなども飲酒し、酩酊状態のまま車の運転を開始し、約8分後、時速100キロ程のスピードで走行しながら、約8秒間、特段の理由もなく前方を見ないままに被害車両に激突したのです。検察官は、危険運転過失致死傷罪で起訴しました。しかし、一審の裁判は、「加害者は、事故前に漫然と進行方向の右側を脇見しながら進行した」として、事故原因は前方不注視にあると判断、予備的訴因である業務上過失致死傷罪を認定し、懲役7年6月の判決を言い渡しました。事故の原因は脇見であって、飲酒の影響で正常な運転が困難な状態ではなかったとして通常の前方不注視事故と同様に過失による事故としたのです。検察官が控訴。二審では、逆に危険運転致死傷罪が認定され、加害者に懲役20年が言い渡されます。二審は、事故の原因は脇見ではなく、前方を見ていたのに被害車両の存在を認識できなかったことにあり、飲酒の影響で正常な運転が困難な状態と認めたのです。
一審と二審では正反対の結論になりましたが、事故の原因が「脇見」なら危険運転にならず、脇見でなければ危険運転になるという「論じ方」は同じです。しかし、「脇見運転」と「飲酒により正常な運転が困難な状態での運転」は両立しないものなのでしょうか。飲酒により注意力が欠け、ボーとなってしまっているから長時間の脇見をしてしまうのでないでしょうか。これが常識的です。
上告審の最高裁決定(平成23年10月23日、上告棄却)は、この常識的判断を明確に判示しました。決定では、「加害者は約8秒間もの長い間、特段の理由もなく前方を見ないまま高速走行しており、普通の運転者では通常考えられない異常な状態での走行で、事故前の飲酒酩酊によりこのような状態にあったと認定するのが相当である」とし、事故原因を端的に指摘しました。
この最高裁決定を受けて、再び法改正が議論され、ご承知のとおり、今年の5月に新たに「自動車運転処罰法」(略称)が施行されました。刑法に規定されていた危険運転致死傷罪と自動車による過失致死傷罪を、この処罰法の中に入れ、さらに従来の危険運転罪の他に、成立要件を少し緩和した危険運転罪(同法3条)を新設したのです。
こうした矢先に小樽事件が発生しました。飲酒ひき逃げで3名死亡、1名重傷という凶悪事件が、新法施行後2ヶ月目で発生したのです。当然ながら札幌地検の判断に全国が注目しました。その結果が事故の直接の原因は脇見であるとした「過失致死傷罪」での起訴だったのです。
遺族らが訴因変更を求めた理由は、最高裁決定にかかる「福岡事件」と比較して、「どうして小樽事件は危険運転にならないのか」という素朴な疑問があったからなのです。
(弁護士 山田 廣)