小樽飲酒ひき逃げ事件 part2 「被害者はなぜ裁判に参加するか」

はじめに

 

 昨年の夏に発生した小樽飲酒ひき逃げ事件(「小樽事件」)の裁判(起訴罪名:危険運転致死傷罪、道路交通法違反)が6月29日から札幌地裁で開始され、7月3日に結審、9日には被告人に対し懲役22年の判決が言い渡されました。  

裁判は、連日、テレビや新聞で大きく報道され、全国的な関心を集めました。しかし、こんな矢先に、砂川市の国道で飲酒による無謀運転で一家4人が死亡、1名が重傷を負うという事件が発生しました。小樽事件後、飲酒撲滅に向けた国民的な気運が高まっていただけに残念でなりません。

 小樽事件では、亡くなられた3名の遺族や重症を負った1名の母親が裁判に参加しました。7月3日には、被害者らが法廷で一人一人、裁判官や裁判員に向かって、被害を受けた心情について切々と訴えました。7月4日の道新朝刊には意見陳述の全文が掲載されております。是非ご覧下さい。

私は、被害者参加弁護士として、亡くなられた原野沙耶佳さんのご両親の代理人として裁判に臨みました。裁判員裁判の法廷では、被告人は弁護人席の隣に座ります。被害者は弁護人席と対面する検察官の隣に座ります。遺族らは、正面から初めて被告人の顔を見ることになるのです。また、第1回目の公判では、被告人による罪状認否が行われますが、その際、初めて被告人の肉声を耳にすることになります。事件以来、時計が止まっている被害者には、辛い修羅場です。しかし、それでも被害者は参加を決意したのです。

 遺族らは公判中、ただただ押し黙って座っておられました。被告人を目の前にしながら、懸命に感情を抑えていました。しかし、7月3日の午前中に1時間以上に渡って行われた被害者の心情意見陳述では、それまで抑えていた感情が一気にほとばしり、心からの叫び声が法廷を包み込みました。傍聴席では泣き出す人が多数におり、3名の裁判官や6名の裁判員も涙を堪えきれず、検察官も泣いています。私も涙を堪えることはできませんでした。私は、検事を経て弁護士になり35年になりますが、このような法廷を初めて経験しました。


被害者はなぜ裁判に参加するか

 

 被害者参加制度は、2008年12月から開始されました。それまでは被害者は刑事裁判の蚊帳の外におかれていたのです。裁判は被告人の刑罰を決める場です。有罪を立証する責任は検察官にあります。ですから被告人側は、検察官が提出した証拠の証明力を減少させる主張をすればよく、被告人の無罪を立証する必要はありません。

 これまで被害者が裁判に登場したのは、有罪の立証に必要な検察側の証人(例えば、事件を目撃した被害者)として、または処罰感情を立証する証人として証言するときだけでした。つまり、被害者は証拠品の一つとして扱われていたのです。

 被害者は、事件の当事者であるにも関わらず、傍聴席でじっと座っているだけでした。例えば、被告人が事実に反することを言っても反論することさえできなかったのです。被害者が亡くなっている事件では、被告人の主張のみが通り、必ずしも正確な事実認定が行われないという現状があったのです。傍聴していた被害者が被告人の弁解に我慢ができず、「それは嘘です。」と思わず叫んだら、裁判長から直ちに退廷を命じられました。東京地裁で実際にあったことです。被告人が嘘を言った場合、検察官がその場で反論するのは困難な場合が多く、また検察官は公益の代表者であって、公益の立場から対応するだけですから、被害者が被告人にぜひ質問してみたいと思うことがあっても検察官が不要と考えれば、そのまま事実認定が行われてしまいます。

 要するに、裁判は被害者を救済する場ではないという裁判官の意識があります。最高裁は、平成2年の判決の中で「被害者は裁判により反射的利益を受けるのみである。」と言っているのです。また、刑事弁護人の仕事は、被告人に対する国家の刑罰権の行使を厳しく監視することにあると考える弁護士の意識もあります。ここでは被害者は邪魔者なのです。

 このような現状であったため、被害者が刑事裁判に失望し、司法への信頼をなくしてしまうこともありました。一方、事件には無縁の市民にとっては、被害者の叫び声は、いわば「他人事」です。被害者の悲惨な実情を思うより、事件を興味本位に捉えることが多いのが現状です。被害者の疎外感は増すばかりです。

ところが、耳を疑うような凶悪事件が続発し、市民の意識が変わりました。地下鉄サリン事件(1995年)、神戸連続児童殺傷事件(1997年)、光市母子殺害事件(1999年)、桶川女子大生ストーカー殺人事件(1999年)、春菜ちゃん殺人事件(1999年)などです。時世を映した無差別殺人、児童虐待、警察の無対応、嫉妬殺人など。被害者はもう黙っていることできませんでした。恥をしのび、勇気を持ってマスコミの前に立ったのです。その結果、被害者の悲惨な実情が徐々に明らかにされていきます。その余りにも壮絶な実情に市民は愕然としました。やがて刑事裁判そのものの不備に対しても市民の目が向けられるようになりました。

2004年に犯罪被害者の権利回復に関する憲法とも言うべき「犯罪被害者基本法」が制定され、これに基づき、被害者参加、損害賠償命令、少年審判傍聴、凶悪事件の時効廃止、被害者参加人の旅費支給などが次々と決められました。

被害者はなぜ裁判に参加するのでしょうか。法廷では被害者は真っ向から事件と対峙することになります。どうしようもない苛立ちと悲しみが胸を焦がしますが、何かが被害者を奮い立たせるのです。被害者が最も多く行っているのが「被告人質問」です。自分の言葉で被告人に事件のことを直接問い質したいのです。被害者は、「どうして殺したのか」、「死ぬ前に夫は何か言ったか」、「どのようにして償うというのか」と切り出します。事実を知りたいということは、裁判で被告人の嘘の弁解により事実が曲げられることを許さないことです。また、被告人により被害者の名誉が汚されることを許さないということです。

裁判員裁判では、被害者は心情を述べるとともに、被告人質問もし、また自身で求刑意見も述べることもできます。これにより事件に対する裁判官や裁判員の理解が深まり、その上で被告人の刑罰が決められる、このプロセスが大切なのです。止まったままの時計の針を再び動かすために被害者は立ち上がるのです。

(弁護士 山田 廣)

  ☎(011)222-8480

  

〒060-0061

札幌市中央区

南1条西13丁目317番地3

フナコシヤ南一条ビル5階

札幌双葉法律事務所

 

 

 札幌双葉法律事務所は、債務整理、不動産取引、欠陥住宅、交通事故、離婚、遺言・相続、労働問題、犯罪被害者支援、企業法務、経済法などの様々な法律相談に応じています。